アートで表現をするのに制限はない。
制限がないが為に、沢山のアーティストが少なからず混乱する。
自分と、自分が表現したいものに一番相応しいミディアム(素材)はなんなのだろうと。
私自身数年の間油絵で表現してきた。しかし昔から、一番自分が惹かれるのはラインを使った表現方法。古典的な油絵表現とはとても異なったものだ。
そんな時、私のメンター(師)、NY在住アーティスト、ロバート・クシュナー氏が”弘美のラインには何か特別な魅力がある。それをもっと引き出すべき”と助言してくださった。
何かが吹っ切れた時だった。
以来、様々な表現方法に挑戦しているが、今のところ中心となっているのは線での表現である。
"Pure Land - roku"
高さ15インチ(38.1cm)、幅24インチ(60.96cm)
朽ちていく百合の花を自宅のスタジオで描いた。アクリル絵の具を使って線で表現している。この青は、何色もの青を混ぜ合わせて創った色で、生けるものが無垢な姿のままで朽ちていく美しさ、その儚さを表現したかった。
"Pure Land - go"
高さ24インチ(60.96cm)、幅32インチ(81.28cm)
群れをなした鹿たちが一斉にこちら側を見ている、その上には光った黄金の果実がたわわに実る。この作品は、前の作品と対照的に、生き物の繁栄を祝う気持ちで描いた。やっと訪れた春の日の様に、様々な生命が躍動している。
"Pure Land - shici"
高さ18インチ(45.72cm)、幅12インチ(30.48cm)
この作品に使われている8画の模様、実は私の祖母が編んだレースをトレースしたものである。私にとって思い入れのあるこの模様を使って創ったこの作品のイメージは、教会に入った時に見上げた正面のステンドグラス。
このシリーズは"Pure Land"パネルシリーズで、3つとも両サイドに蝶番が付いていて扉が閉じる仕組みになっている。当然閉じた時にも作品として展示できる様、rokuにはフランス製の白いタッセルが扉の外側に、goにはドローイングが施され、そしてshiciは扉を閉じると金箔の絵柄が浮かび上がる様になっている。
このシリーズ制作を思いたったのは、留学先のフィレンツエ、そしてインターンとして働いていたメトロポリタン美術館で中世イタリアの宗教芸術品を観た際である。
私の目を引いたのは移動時にも簡単に持ち運びできる、ポータブル式の芸術作品たち。布教活動の際にも役立ったであろうその作品たちは、扉が開き大きな面積ができると”受胎告知(キリスト教でよくある絵画のシーン)”など、ストーリー性のある作品が描かれ、裏側には中央にキリストの顔、両サイドの扉にそれぞれ家紋、旗が描かれていた。
作品としても美しく機能性にも優れたそれらに、私は魅了されたのである。
"The Place We Belong - night1"
縦24インチ(60.96cm)、横18インチ(45.72cm)
"The Place We Belong - white lake"
縦12インチ(30.48cm)、横13インチ(33.02cm)
上の2点も、祖母のレースを元にプリントしたものである。night1の方は黒のインクが紙の白さを引き立ててはっきりとしたコントラストが出ている。white lakeはエンボスというテクニックで、レースの形をプレス機の圧力を使って紙に写し取った。残念ながら写真では解りにくいが、面白い質感が出ている。
"Benevolent Neutrality (self-portrait)"
高さ15インチ(38.1cm)、幅13インチ(33.02cm)、奥行き12インチ(30.48cm)
"Benevolent Neutrality"、日本語で”好意的中”と題したこの彫刻は、結果的に私にとってとても思い入れのある作品となった。初めて経験した粘土での形作り、そしてキャスト(粘土を元に型を作り中に石膏やブロンズなどを流し込む作業)。予想以上に楽しく、同時に大変な作業だった。
母性愛をテーマにしたこの作品は私の自画像でもある。両手のひらを優しく広げた上には、4本足の動物の親子が佇む。生命の誕生の素晴らしさと、私たち祖先へのリスペクトがこの作品を創るモチベーションとなった。
奥左"Nyorai - j"、奥右"Nyorai - h"
共に縦40インチ(101.6cm)、横26インチ(66.04cm)
"The Place We Belong - forest"
それぞれ高さ3インチ(7.62cm)、幅5インチ(12.7cm)、奥行き1.5インチ(3.81cm)
今回はニューヨークで3年ぶり2度目の個展となったが、前回以上に日本人としてのアイデンティティーを意識したものとなった。アメリカという遠く離れた土地で暮らす事で見えて来る母国日本、目覚める愛国心。
2012年日本に帰国した私は、ここで新しい生活をスタートした。住み慣れたアメリカ、ニューヨークを離れた事でこれから気づく事も多いのかと思う。どんな時も自分の気持ちに正直に、表現を続けていければ幸いである。
最後に、今回の個展オープニングをまとめた動画を観て少しでも野村島弘美NY個展を感じで頂けたらと思う。ご高覧ありがとうございました。